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大阪高等裁判所 昭和55年(う)909号 判決

被告人 橋野高明 ほか一人

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

検察官の控訴趣意は、検察官山本喜昭作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する被告人富澤正隆の答弁は、弁護人中垣清春作成の答弁書に記載のとおりであり、被告人橋野高明の控訴趣意は弁護人松本剛作成の、被告人富澤正隆の控訴趣意は同被告人及び弁護人中垣清春作成の各控訴趣意書に記載のとおりであり、これらに対する検察官の答弁は検察官浅井昭次作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらをここに引用する。

第一被告人富澤正隆及び弁護人中垣清春の控訴趣意中法令適用の誤りの主張について

一  被告人富澤正隆の控訴趣意第一、第二について

論旨は、原判決が被告人富澤の原判示第三の所為に適用した爆発物取締罰則は、憲法三一条、七三条六号に違反し、同法九八条一項により同法施行と同時に失効したか、しからずとするも同罰則は昭和二二年法律第七二号第一条により、昭和二二年一二月三一日限り失効したものであるから、同被告人の所為に同罰則を適用した原判決は法令の解釈適用を誤つている、というのであるが、同罰則が日本国憲法施行後の今日においてもなお法律としての効力を保有しているものであることは、累次の最高裁判所の判決により同裁判所が判例とするところであり、いまこれを変更すべき理由を見ないから、論旨は理由がない。(最高裁判所第二小法廷昭和三四年七月三日判決最高刑集一三巻七号一〇七五頁、同裁判所第一小法廷昭和四七年三月九日判決最高刑集二六巻二号一五一頁、同裁判所第二小法廷昭和五〇年四月一八日判決、最高刑集二九巻一号一四八頁、同裁判所第二小法廷昭和五一年七月一九日判決最高裁判所裁判集二〇一号二一五頁、同裁判所第三小法廷昭和五三年四月一一日判決同裁判集二〇九号五二三頁、同裁判所第三小法廷昭和五三年六月二〇日判決最高刑集三二巻四号六七〇頁)

二  被告人富澤正隆の控訴趣意第三及び弁護人中垣清春の控訴趣意第一点について

各論旨は、原判決は被告人富澤の原判示第三の所為に対し爆発物取締罰則第四条を適用しているが、同条が引用する同罰則第一条の「治安を妨げる目的」というのは観念が不明確であり、かつ同罰則四条は、共謀に止る者をも処罰の対象にしているが、単独では不可罰なものを共謀なるが故に可罰的であるとする合理的な根拠がなく、また同条の定める法定刑は行為に比し過重で行為と責任に著しい不均衝があるから、同条は憲法一一条、一二条、一三条、一四条、一九条、二一条、三一条、三六条に違反して無効であるから、これを適用した原判決は法令の解釈適用を誤つている、というのである。

しかしながら同罰則第一条の「治安を妨げる目的」の概念が不明確なものといえないことは、前掲最高裁判所第一小法廷昭和四七年三月九日判決が示し、その後同裁判所が累次の判決、決定(前掲昭和五〇年四月一八日判決、昭和五〇年一一月四日決定最高裁判所裁判集一九八号二九九頁、前掲昭和五一年七月一九日判決、同昭和五三年六月二〇日判決)によつてこれを確認するとおりであり、いかに不法な謀りごとをめぐらそうと、それが個人の内心にとどまる限り不可罰であるが、内心の意思を出て犯罪の遂行を謀議する行為は、より危険で、かつ客観的に把握可能であるから、これを可罰的とすることは何ら不合理とはいえず、ある犯罪を共謀したに止る者を可罰的とするか否か、これに対しいかなる刑罰を科するかは立法政策の問題であり、同罰則第四条の引用する第一条の罪が公共の安全と秩序を害し、人の生命、身体、財産に及ぼす危害が極めて広く、かつ大きいことに鑑みれば、同罰則第四条が第一条の罪を共謀したに止る者をも可罰的とし、これに対し三年以上一〇年以下の懲役又は禁錮を科すべきものとしたことをもつて残虐な刑罰を規定したものとはいえない。(最高裁判所第三小法廷昭和三七年九月一八日判決同裁判所裁判集一四四号六四一頁、同裁判所前掲昭和四七年三月九日判決、同昭和五〇年四月一八日判決、同昭和五〇年一一月四日決定、同昭和五一年七月一九日判決、同昭和五三年六月二〇日判決参照)。原判決に所論法令解釈適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

第二検察官の控訴趣意第一法令適用の誤りの主張について

論旨は、被告人橋野の原判示第一及び第二の各凶器準備集合の罪と各放火未遂の罪とはそれぞれ通常手段結果の関係がなく、いずれも併合罪であるのに、これを牽連犯として刑法五四条一項後段を適用して処断した原判決は法令の解釈適用を誤つたものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかである、というのである。

原判決が被告人橋野の原判示第一、第二の各凶器準備集合罪と放火未遂罪をそれぞれ牽連犯として処断していることはその判文に明らかであるところ、凶器準備集合と放火未遂の間には通常手段結果の関係があるとはいえず、牽連犯ではなく併合罪とすべきであるとの所論は、所論引用の最高裁判所判決の趣旨に徴し正当であり、この点で原判決の法令適用には誤りがあるが、その誤りを正しても結局原判決同様原判示第二の(2)の罪の刑に併合罪加重することになり、処断刑にも差異を生じないから、原判決の右誤りは判決に影響を及ぼすことの明らかな誤りとはいえず、原判決破棄の理由とならない。論旨は理由がない。

第三弁護人中垣清春の控訴趣意第二点及び弁護人松本剛の控訴趣意中原判示第三事実についての事実誤認の主張について

各論旨は、被告人両名が青砥幹夫、行方正時とともに爆発物使用の共謀をしたとの原判示第三事実についての事実誤認を主張し、被告人両名には当初から爆発物を使用する意思はなく、被告人両名が外形上青砥、行方の説得、指示に応じ、犯行に加担するかのような言動をとつていたのは、青砥らの説得、指示に正面から反対し、あるいは協力を拒否することができない事情があつたため、その説得に応じ、指示に従うかのように見せかけることによつて時間をかせぎ、その実時限発火装置の完成を故意に遅らせるなどして、結局青砥らの派出所爆破計画を中止させたものであるから、被告人両名と青砥、行方との間に爆発物使用の共謀は成立していない、というのである。

そこで当審における事実取調の結果をも参酌しつつ記録を調査して検討するに、原判決挙示の関係証拠により優に原判示共謀の事実を肯認することができ、原判決に所論事実誤認のかどはない。すなわち右証拠によれば、被告人両名は、青砥、行方から実行を説得、指示された原判示派出所爆破計画には消極的で、出来ればこの計画を中止させ、もしくはこれから離脱したいと考え、時限装置の完成を遅らせるなどしていたことがうかがわれるが、被告人らは、両名とも赤軍派の一員として同派の目指す社会変革のための闘争戦術として爆発物を使用すること自体には反対ではなく、当時の赤軍派中央軍の武装闘争を積極的に評価し、場合によつては、自らも闘争戦術として爆発物を用いることをも辞さない考えを抱いていたのであつて、青砥らの説得、指示する本件計画に積極的でなかつたのは、被告人らは右のとおり中央軍の武闘を評価し、場合によつては自ら爆弾使用をも辞さない考えを抱きながらも、一方大衆活動との結びつきも重視しなければならず、そのためには、かねて被告人らが活動の拠点としている赤軍派革命戦線関西グループ通称関西Fを同派の公然活動組織として維持すべきであると考えていたところ、青砥らの計画は、赤軍派幹部の直接の指揮下にある武闘組織である赤軍派中央軍が相次ぐ検挙により弱体化したため、これを再編強化する方法として被告人らの所属する関西Fを解体し、被告人らを中央軍に編入する方針をたて、そのような方針は、大衆活動を放棄し、大衆との結合を無視するものであるとして反対する被告人らを強引に爆弾闘争に参加させることによつて、事実上関西Fを拠点とする公然活動に戻れなくさせ、方針どおり関西Fを解体し被告人らを中央軍に編入してしまおうとしているものと受けとめ、そのような結果になることをおそれたためであり、また犯行の具体的方法について、青砥らの主張する「投げ込み」に反対したのは、犯行後の逃走手段の用意がなく、直ちに逮捕される危険が高かつたためであり、また青砥の要求する警察官の現在する派出所を爆破し警察官を殺傷する計画に反対し、無人派出所を対象に選んだのは殺傷の結果に畏懽の念を免れ得なかつたからにはほかならない。しかしながら被告人らは、青砥らの主張、説得に対し、戦術面で理論的反論をするだけの能力がなく、被告人らとして独自の具体的方針を提起することもできなかつたところから、青砥らの要求する派出所爆破計画そのものに反対し、参加を拒否すれば、関西Fは何もしない日和見主義と批難され、結局関西Fは解体されあるいは被告人らが赤軍派の一員であることを否認され、同派との縁を失なうおそれがあると考え、青砥らの意図について前記のような懸念を強く抱きながらも、結局青砥、行方の説得に応じ、青砥らの爆破計画に参加するもやむなしと考え、同人らの指示のもとに原判示の如き準備行為を行つていたものであり、青砥らの要請を承諾した後も、内心逡巡し続け、警官殺傷に反対し、あるいは時限装置の完成を遅らせ、できれば実行計画そのものを回避したいとの気持はあつたものの、最終的に青砥らから指示されれば実行するしかないと考えていたことが認められ、また被告人らが行つた準備行為も行方から指示され受動的に行つたものばかりではなく、襲撃目標とした原判示柳田派出所は、被告人らが時限装置の材料を購入に行く途中で目をつけ、その帰途自発的に下見をし、その結果を行方に報告して同人と協議のうえ最終的に今回の襲撃対象に決めたものであることも認められ、被告人の行動は仮装で、爆発物を現実に使用する意思は全くなかつたとする所論はとうてい採用できず、被告人両名と青砥、行方との間に爆発物取締罰則一条の共謀が成立したことは否定できない。原判示認定は正当であつて論旨は理由がない。

第四弁護人松本剛の控訴趣意中原判示第四事実についての事実誤認の主張について

論旨は、原判決は被告人橋野が行方正時ら原判示共犯者と共謀のうえ、罰金以上の刑に該る罪を犯した野津加寿恵を蔵匿したとの事実を認定しているが、同被告人には、野津加寿恵が罰金以上の右に該る罪を犯した者であることの認識がなかつたから、この点について同被告人は無罪であり、有罪の認定をした原判示は事実を誤認している、というのである。

そこで記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、原判決が挙示する関係証拠によれば、同被告人が野津が青砥幹夫と共謀のうえライフル銃を窃取した犯人であるとの事実を知つていたと認めるに足る証拠はないが、同女が赤軍派中央軍の一員として爆弾闘争に参加し、爆発物の製造、使用等爆発物取締罰則違反の罪に共犯として加功した者であるかも知れないとの未必的認識を有していたことを認めるに足る。詳細は原判決が認定説示するとおりであるが、右証拠によれば、昭和四六年一一月七日ごろ原判示中川貴司方において行方正時が野津に対し、単独行動、外出を禁じていたこと、同月五日ごろから同月一〇日ごろまでの間に同被告人と野津との間で同年六月一七日の明治公園における機動隊に対する爆弾投てき事件に関連して警察に逮捕されている赤軍派の一員に対する警察の取調のことが話題になつた際同被告人が「拷問されるのかなあ」といつたところ、野津が「それじや私も青酸カリでも用意しておいて捕つたら飲んで死のうかしら」といつていたこと、同じころ野津が同被告人と中川に対し、「私はもう普通の社会には帰れないの」と言い、何をしたのか、誰とやつたのかといつたことは、「あなたのためにも私のためにも言わない方が良い」と言つていたこと、その際野津は中央軍に入り、中央軍と行動を共にするといつていたこと、当時赤軍派中央軍は、銃器、爆発物等による武装闘争を闘争の中心とすることを方針としており、同被告人はそのことをよく承知しており、前記明治公園の事件のほか同年九月一八日の高円寺派出所爆破事件も赤軍派の犯行であると考えていたことなどの事実が認められ、これらの事実に徴すれば、原判示認定に沿う認識を有していた旨の同被告人の検察官に対する供述調書の記載は信用するに足り、同被告人の認識は、単に漠然とした疑念にとどまらず、野津本人及び関係者の言動から表象された未必的とはいえ、かなり具体的な認識であつたことが認められ、原判示認定に所論誤認のかどはない。そして野津の犯行として証拠上確定し得るのは窃盗罪であり、同被告人の認識との間に齟齬があるが、その間の錯誤が故意を阻却するものでないことは原判示説示のとおりであるから、同被告人に犯人蔵匿罪の成立を認めた原判決は正当である。論旨は理由がない。

第五検察官の控訴趣意二 量刑不当の主張について

論旨は、被告人両名に対する原判決の量刑は、犯行当時の治安情勢、各犯行の罪質、動機、態様の悪質性、等諸般の犯情に徴し、いずれも著しく軽きにすぎる、というのである。

そこで記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、被告人らの本件各犯行は、理論というにも値しない未熟、幼稚、非現実的な考えから思いあがりも甚だしく社会変革を思い立ち、そのため暴力、それも火炎瓶あるいは爆弾といつた個人並びに公共に広範囲かつ深刻な危害を及ぼす危険の極めて大きい手段を用いて現行法秩序を破壊し、社会を混乱に陥れようとしたものであり、しかもそれが、過激派集団による銃器、爆弾等を用いての武装闘争が相次ぎ、国民一般が我国治安の現状と将来に強い危惧の念を抱いていた時期に行われ、本件各犯行が当時の国民に現実に与えた恐怖と不安も軽視し難く、各犯行の罪質に徴し、被告人らの行為は厳しく糾弾されて然るべきであり、かかる犯行に対しては須く実刑をもつて処断すべきであるとの検察官の所論も強ち首肯し得ないわけではない。しかしながら、原判示第三の犯行は、被告人らの消極的態度が結局爆破計画の中止に結びついたと認められ、その余の犯行についても幸い大きな実害は生じなかつたことなど犯行の態様、結果に若干の酌むべき点があることに加えて、犯行当時被告人橋野は成年に達したばかり、被告人富澤は原判示第三の犯行時は未成年、原判示第五の犯行時は成年に達したばかりの若年であり、所論指摘のような混乱した社会状況の渦中で青年期を迎え、その中で翻弄され、未熟なままこれに押し流されて本件の如き犯行に赴いたものであることがうかがわれるところ、犯行後すでに一〇年の歳月が経過し、その間に被告人らも成長し、両名とも本件各犯行を含め自己の過去の思想、行動を真摯に反省し、現在では平穏かつ誠実な社会生活、家庭生活を営んでいることが認められ、本件の審理経過を具に検討し、本件の審理がかかる長期間に及んだについては被告人らにのみ責を負わせられないことをも考えれば、右の如き犯行後の情状、あるいは比較的平穏な今日の社会情勢にも量刑上相応の配慮がなされるべきであり、これら諸般の情状を総合考慮すれば、原判決の量刑もこれを破棄しなければならないほど不当に軽いとは考えられない。論旨は理由がない。

以上の次第で本件各控訴はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、刑事訴訟法三九六条、一八一条一項但書により主文のとおり判決する。

(裁判官 吉川寛吾 右川亮平 西田元彦)

参考

(罪となるべき事実)(抄)

第四 被告人橋野は、先に青砥幹夫と共謀のうえ兵庫県尼崎市浜田町五丁目九番地の実兄野津二美雄方から同人所有のライフル銃一丁を窃取するという罰金以上の刑に該る罪を犯して逃走中の野津加寿恵を、同女があるいは爆弾の使用、製造等に共犯として加功したという罰金以上の刑に該る罪を犯した者かもしれない旨認識しながら行方正時、中川貴司、室(当時)道子、益田梨枝子と共謀のうえ、あえて、同年一一月一三日又は一四日ころから同月下旬までの約一週間、東京都練馬区早宮四の四〇―二一谷口方の右益田の居室に宿泊させ、もつて犯人を蔵匿し、

(理由の要旨)

次に、同被告人らが野津に益田方を紹介し、同所に滞在させた点について検討するに、前記事実経過、その過程での同被告人らの言動、行動に加えて、「私としては、行方から依頼されたり、私自身としても野津を幡ヶ谷のアパート(東和荘を指す。)に置いては警察にみつかり危険であると思つたので組織の為、室に依頼し野津のアジトを捜してやつたものです。」(被告人橋野の前掲供述調書)、「野津さんが私の居た東和荘から豊島園の方に移らなければならないのは前に野津さんから何らかの不法行為をやつたように聞いたため私の所に居ては警察にみつかるおそれがあつたからです。」(中川の前掲供述調書謄本)等の供述記載を合わせ勘案すれば、同被告人らは共謀(室、益田は順次共謀)のうえ野津を益田方に蔵匿したものであることが明らかである。もつとも、同被告人、行方、中川の三名は、野津について、同女がライフル銃の窃盗犯人であるとの認識はなく、前記のような認識を有していたにすぎないわけであるが、犯人蔵匿罪における「罰金以上ノ刑ニ該ル罪ヲ犯シタル者(中略)ヲ」とは、罪名及び犯罪行為の具体的内容についてまでの認識を要しない意味であるとされる以上、右錯誤は犯人蔵匿罪の成立を妨げないといわざるを得ない。室、益田についても、未必的に野津が右の「罰金以上ノ刑ニ該ル罪ヲ犯シタル者」であるとの認識があつたと認められる。

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